奥の細道を求めての新着ブログ記事
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いつか僕は 渡鳥に運ばれて ジャングルと海にはさまれた 小さな砂浜に落とされるだろう 醜女等と食う 空豆の風のいろ うねりの海に 沈む陽の 音がする わたしのひだりてが ゆっくりと わたしのみぎてを にぎりつぶしていく 宝石箱をこぼしたような 雪の山のオリオン座 水溜りに 靴を濡らして蹲る 山合い... 続きをみる
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ジャコは有名なジャズベーシストなのでご存知の方も多いだろう。超絶的なテクニックの持ち主で音楽的なアイデアも豊富だった。次代のジャズシーンをリードする存在だと思っていたのに、1987年9月21日、酒場の用心棒に殴り殺されてしまった。ある意味では自殺だったのかもしれないと私は思う。なぜなのだろう。なぜ... 続きをみる
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『鬼滅の刃』と『魔法少女 まどか☆マギカ』、あるいは〈自性の否定〉についての考察
最近話題になっているらしいので、ネットで買って読んでみた。この二つは物語の構造がよく似ていて内容もとてもおもしろい。もしあなたがまだ読んでいないなら、ぜひ読み比べてみて欲しい。私が読んだのは このコミックスの20巻までと このシリーズ3巻と [新編]叛逆の物語3巻。そしてあなたが読んだという前提の... 続きをみる
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チベット語は文法が日本語と似ているので、読むことは比較的簡単に入ることができる。でも、発音がとても難しい。 日本語は特殊な言語らしくて、他の言語と比べると、音の数がきわめて少ないらしい。日本語の場合、基本的には子音・母音の組み合わせだけで音が構成されていて、私が数えたら100音〜140音くらいだっ... 続きをみる
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ネットニュースを見ると、日本ではコロナは収束しつつあるらしい。でもインドでは毎日感染者が7,000人づつ増えているそうだ。そもそも、その日暮らしの下層民が2割くらいを占めるインドで、いきなり完璧なロックダウンを実施して、その人達にどうやって生き延びろと言うのだろうか。住む家も蓄えもないというのに。... 続きをみる
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3月末でロックダウンが解除されると思っていたので、待ち兼ねて4月1日の朝にネットのニュースを見ると、3月24日にモディ首相が「明日25日から21日間、インド全土をロックダウンする」という発表をした記事が載っていた。3月22日に外出禁止令が出され、そこから24日までは外出の自粛を要請する、という措置... 続きをみる
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最初に泊まったのは “Snow View Residency” というホテルで ネットのホテル検索サイトで Rs400 ¥640 とあったのを見付けてそこを予約した。着いて部屋を見ると値段以上に良い、というか、良すぎる。広くて清潔で眺めの良いWの角部屋だ。なんとなく、うさん臭い気がした。でも「あな... 続きをみる
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私がインドで2番目に嫌いな町、デリーに着いた。 ちなみに1 番はビハール州の州都、パトナーだ。10 年前、パトナーでは毎日のように怒鳴り合いの大喧嘩をした。一度、銀行で大声を出して抗議し、警備員に外へ連れ出されてしまった事もある。博物館でも同様だった。そもそも入り口でチケットを買うのに、そこにたむ... 続きをみる
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今日は2020年1月12日で、もう20日もここにいる。最初、着いた時には5日間くらい滞在してからコルカタ、ブッダガヤーと経由してヴァラナシに行く予定でいたのに、何となく動く気がしなくてダラダラと居てしまった。天気が悪かったせいもある、ホテルの居心地が良かったせいもあし、アルコールが飲めたせいもある... 続きをみる
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「まかり通るぞ そこを退けい」 「わたくしはここを退くことはできませぬ」 「なぜかな われらが恐ろしくはないのかな」 「とても恐ろしく 目を上げることさえできませぬ」 「ならばなぜ退かぬ」 「わたくしはここで無くしものをいたしました それを見つけるまではここを退くことはできませぬ」 「なにを失くし... 続きをみる
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寺から外に出ると細かい雨が降っていた。 弥勒様が雨になって降りて来てくださったのかと感動したが、冷静に考えるとこれは大変だ。本降りになってしまったら、雨具の用意はない。タクシーを拾うにしてもこの辺は予約客を乗せたタクシーばかりで、流しのタクシーは走っていない。急いで坂をくだり本通りに出て、雨宿りが... 続きをみる
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また晴れ間が出た。 坂を上って来る子供達は道普請を手伝っている。 谷間から雲が湧き上がってくる。でもチョット遅かった。もうすぐグームに着いてしまう。 グームの町、11時に着いた。腹が減った。急いでいたので朝飯はバナナ3本しか食ってない。近くにイガ・チョリン・ゴンパという大きなお寺があるので、その近... 続きをみる
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グームという町まで行ってみようと思う。行きは5km、帰りは少し遠回りして6kmの行程だ。 上のテレビ塔のところから灰色の道を歩いて下のグームまで行き、帰りは黄色の幹線道路を歩いて戻る。尾根づたいなので坂道は少ない。ゆっくり歩いても5時間くらいあれば戻って来られるだろう。昨日は一日中雨が降っていて、... 続きをみる
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ホテルに同宿しているポールというドイツ人に会った。以前にも顔を合わせて挨拶くらいはしていた人だが話をしたことはなかった。部屋で見た夕焼けがとても綺麗だったので、急いで屋上に上がるとそこにいた。中央に小さく写っている青いダウンを着ている人がその人。 髪の毛も髭も真っ白で、70才くらいだろうか。大きな... 続きをみる
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今日は朝から、痛みはないが腹の調子がおかしい。インド宿痾の下痢がついに来たのか。朝から何度も大して出やしないのにトイレに通ってばかりいる。これでは、外出は難しい。買い置きのバナナとチョコレートで我慢していたがそれも無くなり、午後3時、意を決して外に出る。広場近くまで行かないと食堂はない。いつも行っ... 続きをみる
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この看板に誘われて行ってみた。 私の好きなホワイトターラー菩薩。 黒地に金で書かれた古い経文。何のお経だろう。 歴代の法王様方。ということは、今の法王様は二枚目の中央にいらっしゃるお方だろう。ずいぶん幼くお若い。10歳頃の少年のお姿だろうか。この頃はまだラサのポタラ宮におられたのだろうか。 法王様... 続きをみる
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今日も天気がいいので動物園に行ってみる事にする。今日のカンチェンジュンガ。 今度は広場から左の道だけど、こっちは広く緩い下り坂で車も多く通る。歩いて面白い道じゃない。30分で着く。 人が多いので、入るのはやめて戻る事にする。その途中にヒンドゥーのお寺があった。ここが面白い。山門を潜って急な坂道に掛... 続きをみる
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坂道を少し下ると小さな店があり、卵と鶏肉とほんの少しの野菜、雑貨、菓子を売っている。畳一畳より少し広いくらいだろう。ほんの小さな店。 すぐ上の広場まで行けばもっと大きな店がたくさんあるけど、どうせ買うならこんな店がいい。さらに下る。 奥の影の中の女の子がその前の家のドアをノックしていたけど、留守だ... 続きをみる
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コヒマというところは一体何だったのだろう。なぜバスステーションに行けなかったのだろう。なぜあんなに多くのタクシーがいて威張っていたのだろう。なぜ皆んなホテルと言えばジャピューだったのだろう。 最初にバスがコヒマを通り過ぎてしまったのも、今思えばコヒマには止まりたくなかったのかもしれない。想像を膨ら... 続きをみる
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最近は夜が寒くなった。ダウンジャケットを着ている人もいるくらいだ。 前回の記事でムレーに行くと書いたけど、それはインド側の村で、ミャンマー側の町はタムーという。 バガンからバスに乗ったのが昼の11時半で、インド国境沿いの町タムーに着いたのが翌日の朝9時。21時間半バスに乗っていた。 夜行バスには二... 続きをみる
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宿の近くにあるシュエジィゴォン・パヤーへの参道。 長い。 途中、写真撮影らしいものをやっていた。 古代の衣装と髪型をしている。シュエジィゴォン・パヤーの内部。 でも私は小さなお寺の方が好きだ。村の郊外に行くと小さなお寺がある。 その内部。 その横の食料品店でビールを買って椅子に座って休む。 荷降ろ... 続きをみる
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オールドバガンは城壁に取り囲まれている。その入り口のタラバー門。 一番有名なアーナンダ寺院。お釈迦様の侍者だったアーナンダのことだろうか。 過去四仏。塔の中心に東西南北を向いて過去四仏がいらっしゃる。 テーラワーダでは仏はお釈迦様しか認めないと思っていたのだけど、過去仏は認めるらしい。 どなたがど... 続きをみる
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まず川に行ってみる。その途中の村の小径。 そのまた途中の大きな木。 川。 洗濯をするおばさん。おじさんは山に柴刈りだろうか。桃はいつ流れて来るのだろうか。 洗濯物を岩に干す。 そこから上に登り、古寺に行ってみる。途中にも小さな仏塔がたくさんある。 目的の古寺。 その横の小さな仏塔。 その内部、仏様... 続きをみる
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インドのビザを1週間かけてようやく手に入れ、虫だらけのヤンゴンの安宿を出てバスで6時間かけてピイへ向かう。ピイは3世紀から9世紀にかけて栄えた古都で、ミャンマーで最初の世界遺産に指定されたスリ・クシュトラの城塞都市の遺跡がある。行って見たかったのだけど、ピイには2泊しかしない予定なので諦めた。でも... 続きをみる
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ミャンマーはイギリスの植民地だった。なのでイギリス統治時代の古いビルがたくさん残っている。そのあいだに現代的な新しいビルも立ち並びとても活気がある。 ミャンマーの人々はとても親切で優しい、日本人に似ている。バスに乗って降りる所を教えてくれと言うと、その人が降りた後でも隣りの人に引き継いでその人が降... 続きをみる
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バンコクの宿のレストランで逢ったイタリア人 、言葉に関する考察
日に焼けていて、最初は西洋人だとは思わなかった。タイ人とフランス人の混血だろうと思っていたが、国を聞くとイタリィーだと言う。私が日本人だと言うと、とたんに親しげに話しかけてきて、東京、京都、北海道、と言う。みんな行ったことがあり、恋人は京都に住んでいる日本人らしい。彼はまだ30代だろう。東南アジア... 続きをみる
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ヤンゴンの下町を紹介します。 とても面白くていくら歩いてもあきない。
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メーソートは小さな町で何もない。 こんな感じ。でも面白い家があった。 空家らしい。趣きがある。定住するならこんな家に住んでみたい。 私が泊まったホテル。その奥はラブホテル。 東南アジアで初めてラブホを見た。 その横はもう何もない。明日マンミャーに入る。
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さんざんな1日だった。 今日の予定はバンコク駅から8:30の列車に乗ってピッサヌロークまで行き、そこからバスでスコータイの新市街へ、バスを乗り継いで旧市街へ、計算通りに行けば14:00頃には予約しておいたホテルに着くはずだった。 ところが寝坊してしまって目を覚ましたのが8時少し前、慌てて荷造りして... 続きをみる
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あのおじさんは私がよく通る路の片隅でいつも酔っ払って寝ている。たまに目が合うとコンビニに連れて行かれてタバコを一箱ねだられる。でも私はそれが嫌ではない。今日は私がビールを一缶買いおじさんにタバコを一箱奢った。その後でおじさんの所帯道具が置いてある道端に座って私はビールを、おじさんは安くて強いスピリ... 続きをみる
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ワット プラケオは王室付のお寺で、タイで最も格式が高い。絢爛豪華で眩しいくらい。 このお堂の中にタイで最も尊崇を集めているエメラルド仏がいらっしゃる。残念ながら堂内は撮影禁止だった。 ワット アルンは三島由紀夫の小説の題名にもなっている。 「暁の寺」という意味らしい。朝日に映えたら美しいだろう。 ... 続きをみる
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中天に二十二日の月を見る 緯度か経度の違いなのだろうけど、月の出る時間が日本とは違う。夜中の2時に22日目の月が空の真ん中にかかっている。日本だと明方くらいじゃなかったろうか。なのでこんな月を見るのは初めてだ。見慣れていないせいか、何かいびつな感じがする。村上春樹の小説の中の緑色のいびつな月もこん... 続きをみる
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ブリットリ通り 静かでいいところ カオサン通りからも近い
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永平寺三句の中の一句 てふてふひらひらいらかをこえた できれば山頭火のように無一物で歩きたいのだけれど修行の足りない身にはむつかしい ぢっと瞳が瞳に喰い入る瞳 身のまはりほしいままなる草の咲く そこに月を死の前におく 放哉は山頭火の友達で少し年下 日が落ちて桑畑の海を見る 二人とも秀才で いい大学... 続きをみる
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私が最初に泊まったゲストハウスはカオサン通りのど真ん中で、少し高くて少しうるさい。なのでその近くの小さな路地の安いゲストハウスに移動した。ここは安い割に掃除が行き届いて気持ちがいい。実は東南アジアの安宿の多くは古いのはいいのだけど、掃除が雑で、日本人には慣れるまでかなり抵抗がある、とは言っても私は... 続きをみる
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チェンマイのワット チェット ヨートというお寺も良かったので追加の写真を。 寝台列車でバンコクへ向かう。14時間の道のり。 旅の野の六日の月の 片ほしさ 李白の詩で、 峨眉山月半輪秋 影入平羌江水流 夜發清渓向三峽 思君不見下渝州 固有名詞が多くて、少し解り難いと思うので解説を。李白は長い旅の途中... 続きをみる
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先日のシルバーパゴダでの失敗は、若い坊さんに聞いてしまったという事もあるだろうけれど、私の英語の拙さに拠るところも大きかったと思う。そこで、質問の内容とその問い方をここでしっかり組み立ててみたい。 「諸法無我」はパーリ語では、'sabbe dhamma anatta' と言う。sabbe はすべて... 続きをみる
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本堂、やはり屋根が美しい 祠の中のお釈迦様 ご本尊様 その横の千仏像 本堂表面の壁画、ラーマーヤナらしい その横の王宮の夕暮れ、美しいったらない
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正式名称はこう言うらしい とても美しい寺だ 壁画はモザイクで装飾してある 本堂の入口 ご本尊様 仏塔も美しい その他いろいろ まるでガウディの公園みたい
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こう言う名前のお寺 屋根が美しい 釈迦堂 奥にお釈迦様がいらっしゃる 壁画 ボート 年に一度ボートレースがあるらしい お寺同士の対抗戦をするのかな 椰子の木も美しい 夕暮れ
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パクセーからは駆け足で、サワンナケート ビエンチャン ヴァンヴィエン と経由して、ルアンパバーンに着く。 ほぼ、ラオスの南から北へ12日間をかけてバスで縦断したことになる。ラオスの現在の首都ビエンチャンから北はすべて山の中で、まるで100年前の箱根の山の中を何百キロも歩いているようだ。とは言え、今... 続きをみる
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オーム、ブーフ、ブヴァハ、スヴァハ われらはサヴィトリ神の いとも尊き光輝を念ずる われらの思念を励ましてくださらんことを OAM (サヴィトリ讃歌、中村元訳) その指は細く糸車を繰る 綿毛を紡いで糸を撚る 長い糸がやがて島になる 長い時間の後で その島に歌が生れる 歌も糸なので 糸は綿毛を生む ... 続きをみる
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初転法輪 これも何だかわからない 遊行図だろうか 涅槃 正面のお釈迦様 境内の鶏
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壁画は全部で30枚以上あるので その内の一部を時計回りで順に マーヤーの受胎 誕生 宮殿で女官達を見る 四門出遊だろうか 妻子との別れ 剃髪 先生たちに教えを請う これは何だかわからない 菩提樹下での瞑想 成道 続きはまた次回
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パクセーはラオス第二の都会でそこのお寺 壁のこて絵がおもしろかったので 左から順に 誕生 出家 成道 扉の彫刻もおもしろい 内部の壁画はつぎの記事で
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お能を拝見して 尊いと思うのは この三、四曲だ 井筒は女の嫉妬を内に秘めて 思い出だけを胸に温め そこに生きるもののあわれの姿 道成寺ではその女の妄念が憎しみに変わり 清姫の乱拍子が安珍の足跡を追う 安珍はどうやってものがれられない 鵺はそのような妄念が形を取ったもので うつろ舟に乗せられて流れて... 続きをみる