奥の細道を求めて

仏を求める旅

ダラムサラの料理

寒烏

インドでは豆のカレーを一般にダルと呼ぶ。肉をあまり食わないインドでは植物性タンパク質が豊富なダルをよく食べる。肉を食わないのは高位のカーストでは宗教的理由で、低位のカーストでは肉の方が高くて食えないから、という二つの側面があるようだ。

豆のカレーで私が好きでよく食べるのは「チャナプーリー」という、ひよこ豆のカレーをプーリーという小麦粉を油でふっくり揚げた熱々の薄いパンで包んで食う料理だ。ダラムサラの下の町の食堂で食っているのだけどとても旨い。付け合わせに玉ねぎの輪切りが添えられていて箸休めのようなものなのだろうけど、刺激の強い香辛料のカレーに生の玉ねぎは良く合う。インドの玉ねぎは紫玉ねぎで、日本の白玉ねぎに比べて刺激が薄いから生でも食える。値段は100ルピーで170円くらい。

私もせっかくインドにいるのだから本格的なスパイスカレーを作ってみたいと思うのだけど、スパイスの使い方はとても難しい。インド人たちも野菜、チキン、魚などのカレーの種別によって調合されて売られているマサラを使っていることが多いようだ。そういえば日本には魚のカレーはないけどインドにはある。インドの普通のベジタリアンなら魚は食ってもいいらしいし、上手く料理すればとても旨い。私が食って旨かったのは海魚を唐揚げにしてから軽く煮たカレーだ。でも魚のカレーは難しい。私が食えなかったのはインドの田舎に行った時に食った川魚を丸ごと煮たカレーだ。頭から齧れば精がつくよ、と言われて食ってみたのだけど川魚だから泥臭いのが私には耐えられなかった。それでも田舎だから他に店はなく、インドの田舎の夜は危険だから出歩かない方がいいと言われて、仕方なくそこから出前してもらって食っていた。でも私が魚ではなく野菜のカレーを持って来て欲しい、と何度も言ったのに毎晩川魚のカレーを持って来ていた。言葉が通じなかったからかもしれないけど、たぶん野菜よりも魚のカレーの方が利益が多いからだろう。

あと、ダラムサラの食堂の豆のカレーでは「ダルイエロー」という料理が旨い。ひよこ豆にターメリックを効かせて(ちなみに、日本のカレーのスパイスはターメリックを主にしてるけどインドではむしろ控えめに使うことが多い)そこにクミンやコリアンダーを入れて煮込んでいるのだろうけどそれだけではない。その料理に合うマサラを調合するのは何種類もあるスパイスを複雑に組み合わせなければいけないのでとても難しい。そしてその調合の仕方によってその店の味が決まり人気に差が生まれる。でも同じ店でも料理人によって味が変わることもあり、私が行ったバラナシのレストランでは同じ料理を注文したのに見た目も味もまったく違うものが出てきたことがあった。「昨日食べたものと違うよ」と訊いたら「だって作ってる人間が違うんだから料理も違うのは当たり前じゃん」と言われたことがある。あまりに当然のことのように言うのでその時はそれで納得してしまったのだけど、さすがに同じ料理名でまったく違う料理が出てきてしまうのはおかしいだろう。ダラムサラではそこまではない。

私がよく行く「チベットキッチン」というレストランにバターティーというお茶がある。バターティーを初めて飲んだのはインド北部山あいのラダックという、インドだけど昔からチベット人が多い地方だった。ヤクというチベットの牛のミルクを使っているのだろうけど癖が強くて、最初に飲んだ時は二度と飲めないと思ってしまった。でも生水は飲めないしボトルウォーターは売っていなかったと思うので仕方なく飲んでいたらいつの間にか飲めるようになってしまった。不思議なもので、食べ物を旨いと思えるようになるには慣れが必要らしい。まして初めて食べる料理はなおさらだろう。そういえば私が初めてインドのカレーを食べた時も香辛料が体質に合わなくて一ヶ月は食えなかった。それから17年経った今では慣れてもちろん旨いと思えているけどね。

チベットの代表的な料理でモモという餃子に似たものがある。チリソースをつけて食べるのが一般的だけど、私はトマトスープに浸して食うのが好きだ。チベット人がよく食べるのはマトンモモだけど、それ以外にもチキンやベジタブルやニラのモモもある。私が一番好きなのはチキンモモだ。チキンはインドで最も多く食べられている肉なので新鮮だから旨いのかもしれない。私も鶏肉を買って料理を作ってみたいのだけど、ダラムサラに来て5年経った今でもまだ作っていないのは何故なのか自分でもよくわからない。近くに新鮮な鶏肉を売ってないからか、冷蔵庫が小さくて保管できないからか、あるいは野菜と缶詰肉の料理ばかり作っていてそれに満足してしまっているからなのかもしれない。たしかに野菜をもっと旨く食えないかと思って毎日料理しているけど、そろそろ生の鶏肉を使った料理も作ってみたいと思う。

インド人の若い女性

寒烏

インドの未婚の女性は男に冷たい、というか愛想がない。


サンジャナに初めて会ったのは10歳の子供の頃だったので、どこで会っても親しく接してくれていた。でも15歳になった今は外で会ったら目も合わせてくれない。何故なのだろうと不思議に思っていたのだけど、これはインドの女性が自分を高く売る必要があるからだ。インドでは結婚する時には女性側の家族が持参金を持たせないといけなくて、しかも処女であることが絶対条件だ。男と親しくしたら処女性を疑われてしまい持参金が高くなってしまう。でもその交渉は当人の男やその家族によってさまざまであるらしい。持参金はいらないという男や家族もいれば、その額の交渉で破談になってしまうケースもあるらしい。なのでインド人の未婚の女は男と親しくしない。インドでは今でも結婚は親が決めるのが一般的だ。

私は『ラーマーヤナ』で、ラーマ王子が様々な苦難を乗り越えてせっかくシーター姫をランカー(島)の悪魔ラーヴァナから取り返しのに、最後は処刑してしまったことに長く違和感を覚えたのだけど、これはシーターを救ったところで終わっていた最初の『ラーマーヤナ』を読んだ人たちが、悪魔に長い間監禁されていたシーターが犯されていないはずはない、と反論したかららしい。それほどインド人は血の純血を尊ぶので、後年、シーターを救い出して終わっていたハッピーエンドの結末がシーターの処刑という悲劇に書き換えられてしまったらしい。

なのでインド人の女性は一人の男としか交わってはならず、思春期になったら処女性を疑われるような行為はしない。そのせいか私と親しくしてくれる女性は子供と子供を連れたお母さんやお婆さんくらいだ。こんな外国人のお爺さんの私でもインド人の若い男と同様に警戒されているらしい。そういえば昔、イギリス人の白髪の老人と14歳くらいの綺麗な女の子が並んでリキシャに乗っているのを見たことがある。インド人に訊いたら、インドでは金さえ払えば手に入らないものは何もない、と言っていた。

私がガムルー村のこの部屋に引っ越して間もない頃、子供のサンジャナはお母さんからお菓子をくれるあのおじさんとはあまり親しくしてはいけない、と言われていたようだ。兄のクリシュは仲良くしてもいいのに何故私はダメなの、と文句を言っていた。大家の奥さんにも相談していたのだけど、奥さんも性的なことは子供のサンジャヤに納得させることはできなかったらしい。もちろんヒンディーが分からない私は雰囲気で類推しただけだけど、たぶん間違っていない。他の女の子を見ていても思春期で男を遠ざけるのは大体同じだからだ。

そしてそしてその辺のインド社会の仕組みや自分の体の変化を体験した今ではサンジャナも理解したようで、外目のある通りでは私と目も合わせてくれないないけど、部屋にいる時には子供の頃と同じように親しく話しかけてくれる。子供から大人になるインドの女性のあり方を見れたことはインドを理解する助けになる。たぶんサンジャナは結婚しても今と同じように私と接してくれるだろう。

※  今回は写真をアップロードできたけどそれはたまたまで、しかもとても面倒くさかった。次回もできるかどうかはわからない。

サンジャナのお姉さん

寒烏

今までサンジャナの兄はクリシュだけで姉はいないと思っていたけど、一週間くらい前にお姉さんが赤ちゃんを連れて私の部屋に挨拶に来てくれた。15歳のサンジャナやクリシュのお姉さんならたぶん20歳か21歳くらいだろう。インド人の女性の結婚年齢は早い。赤ちゃんはまだ一歳にもなっていないようなので、結婚したのは18歳くらいだったのだろう。赤ちゃんは男の子で目が大きくとても可愛い。ここには5年くらいいるのに初めて会った。先日近くのアパートに入って行くのを見かけたので、おそらく近くに引っ越してきたのだろう。

赤ちゃんはよくサンジャナやお母さんやお婆ちゃんに抱かれて会いに来てくれる。インドの赤ちゃんは顔をワザと汚していることが多い。あんまり可愛いと悪魔に攫われてしまうからだ。赤ちゃんの死亡率が高かった頃からの習慣だろう。

まだ言葉は話せないのでアーウーと言うだけだ。それに合わせて私もアーウーオーと会話を試みる。もちろん通じるわけもないから目を合わせようとするけど、赤ちゃんは私に目を合わせてくれたり避けてお母さんの胸に顔を隠したりする。その度にサンジャナやお母さんやお婆ちゃんがダダ(私のこと、おじさんという意味だろう)を見なさいと促してくれる。赤ちゃんの手に指を伸ばすと、最初は手を引っ込めていたのが最近は両手で握ってくれるようになった。毎日会っているから慣れてきてくれたのだろう。先日ハイハイしている赤ちゃんを見かけてその顔を覗き込んだら、私の顔を見て近づき手を伸ばしてきたのでそこで初めて抱っこすることができた。でもこの赤ちゃんはオムツをしていないのでサンジャナがすぐに引き取ってくれた。インドでは赤ちゃんのオシッコやウンチは不浄なものではないのかもしれない。先日お母さんが「ビイスケット」というのであげたら、先の方だけ舐めてから全部を口に入れようとしたのだけど、赤ちゃんの小さな口には入り切らなかった。歯も生え揃っていないので頬張って舐めるしかできないのだけど、それがなんとも可愛い。お母さんが小さく割って口に含ませてくれた。