ヤンゴン → ピイ → バガン
インドのビザを1週間かけてようやく手に入れ、虫だらけのヤンゴンの安宿を出てバスで6時間かけてピイへ向かう。ピイは3世紀から9世紀にかけて栄えた古都で、ミャンマーで最初の世界遺産に指定されたスリ・クシュトラの城塞都市の遺跡がある。行って見たかったのだけど、ピイには2泊しかしない予定なので諦めた。でも、

宿の近くの仏塔を見ることができた。巨大な仏塔で、高さは30mくらいありそうだ。レンガでできているので、その当時のままではないだろうけど、でもとてもいい。
後、一つの収穫は飯が美味かったことだ。
初日は夕方に着いたので、宿の近くにもそれらしいところはあったのだけど、暗くてめし屋か民家かわからなかった。なので20分くらい歩いて駅前まで行き、明らかにレストランだとわかる大きなところで焼きそばを食ったのだけど、でもこれが油でギトギトのシロモノで、不味くて3分の1しか食えなかった。その翌日の昼にまた飯を食いに行くと、昨日見た民家みたいな店先に料理が並べてあったので、ようやくここもメシ屋だとわかった。昼しかやってないらしい。でも、ここの飯が飛び切り美味かったのだ。写真を撮っておかなかったのが残念だ。東南アジアのメシ屋で腹一杯食えたのはラオスに次いで二度目だ。掘っ建て小屋の安飯屋で、カレーがガラスケースに並べてある。カレーとは言っても、日本やインドのカレーとは全く違う。「油戻し」と言う調理法らしい。一度水で茹でてから油の中で水分を飛ばす。なので出来上がったものは油の中に沈んでいるのだけど、でもこれがチットも油っ濃くない。昨日食った焼きそばとは全く違う。ビーフと豆のカレーを指差して頼んだら、ビーフは柔らかく煮込んであり、豆はしっとりと美味い。これで1500チャット。120円。もっと払わせてくださいと泣きながら言いたくなってしまうほどに、ホントに美味かった。
ピイからまた6時間かけてバスでバガンに向かう。バガンは10世紀から13世紀にかけて栄えたビルマの古都。おそらくピイからバガンに遷都したのだろう。バガンはミャンマーの中でも一番の観光地だ。林の中に無数の仏塔やお寺が林立している。

これはオールドバガンの考古学博物館のチケットだけど、だいたいこんな感じ。バガンに入るだけで25,000チャット取られる。日本円だと2000円くらいなので大したことはないと思うけど、ミャンマーの物価を考えると8000円くらいの価値だと思う。かなり高い。外国人料金だろうけどね。バガンは広いのでいくつかの地域に分かれている。安宿があるのがニャウンウー村というところで、私はここに泊まっている。古都の中心地がオールドバガン、その南にミィンカバー村があり、さらにその南にニューバガンの町がある。
ここでチョットお勉強。ミャンマーは現在の国名、ビルマは古名で民族、文化の呼び方、今はバーマと言うらしい。東南アジア諸国と同じく多民族国家だ。バーマ族は全体の7割くらいで、他には少数民族がたくさんいる。なので国としてはミャンマーだ。
太平洋戦争中はここをビルマと呼んでいた。数え切れないくらいの若い日本兵がここで死んでいる。『ビルマの竪琴』という古い映画を観たことがあるでしょうか。からくも生き残った若い兵士が死んでいった仲間を葬るために、日本に帰らずにその死体を埋葬してビルマを歩き回るという有名な映画だ。そんな面影らしいものが今でも残っている。


宿の3階のテラスからの夕方の眺め。明日はそこに行ってみたい。