奥の細道を求めて

仏を求める旅

ダージリンからヴァラナシへ

今日は2020年1月12日で、もう20日もここにいる。最初、着いた時には5日間くらい滞在してからコルカタ、ブッダガヤーと経由してヴァラナシに行く予定でいたのに、何となく動く気がしなくてダラダラと居てしまった。天気が悪かったせいもある、ホテルの居心地が良かったせいもあし、アルコールが飲めたせいもある。でももしかしたらコヒマを急いで出た反動で、しばらく動くのが嫌になってしまったのかもしれない。とは言ってもそろそろ行かなくてはいけない。15日くらい迄にはヴァラナシに着いていたい個人的理由もあるので、コルカタとブッダガヤーは通り越して直接ヴァラナシに行くことにした。そこで、ダージリンで撮った最後の写真を紹介したい。

1月11日の14日目の叢雲の月。

ホテル近くの細い道。ここを写真手前の奥に行くと、

こんな路地に出る。そこを抜けて、踏み外したら命にかかわるような急階段を下りてしばらく行くといつもの広場に出る。ダージリンと言えば紅茶なので、広場の喫茶店に入る。でもハッキリ言って、日本で飲むアールグレイの方が旨いと私は思う。でもさすがにいろんな種類のお茶があって、それぞれ風味が違っていて面白い。

広場の土産物屋。仮面が面白い。特に下2つ。欲しかったけど、これ以上荷物を増やすわけにはいかないので諦めた。

そこから、ヒマラヤが良く見える場所までの道。

さらにその奥にある簡単な飯屋。平たいパンに野菜を挟んであって、辛いソースをつけて食うのが旨かった。奥から2つ目にある丸いのがそれ。注文するとフライパンで温めてくれる。

戻って、ホテル近くの小さな売店。水、タバコ、キャンディなどを良く買っていた。

15日目の有明の月。 山に山 月に笹影 日は東


ダージリンからヴァラナシに行くには、まず列車が通っている平地のニュージャルパイグリまで下りなくてはいけない。昨日調べておいた乗合ジープの乗り場に行くと、うまい具合に私がその車の最後の客らしい。Rs200、来た時の1/15の値段。例によって8人乗りの車に子ども1人を含めた14人が乗り込み発車する。朝10時。私の席は運転席と助手席の間で眺めはいいが、シフトレバーを跨いで座っているのでそれが丁度私の股間近くにあり、おじさんがシフトチェンジする度にそのゴツい手が私のその辺りを触る。『困ったことだ』とは思ったが、山道なので何度もそんな事を繰り返していると、その内慣れて何とも思わなくなってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。車には地元の人も乗っているらしく、途中で野菜などの買物もしながら走る。凸凹もなく、土ぼこりも立たない快適な道を3時間半で駅に着いた。

寝台車のチケットを買うには乗る列車について調べておかなくてはいけないので、まずは近くのホテルを探す 。大きな荷物を持って歩いていると、何人ものタクシーやらリクシャーやらがしつこく声を掛けてくるが、一々相手をしてはいられない。首を横に振りながら目も合わさずに通り過ぎる。最初に見つけたホテルに入ってみると、Rs900、部屋も広く小綺麗でお湯も出る。そこに決めて荷物を置き、駅前に出てみた。まずは腹が減ったので、

駅前の食堂街。普通に牛がいるところがなんともインド。今まではチベット・ネパール文化の影響が強い地域だったが、ここはもう完全にインドだ。食堂のメニューにも昔見慣れたカレーの名前が並んでいる。じつは、10年前初めてインドに来た時には、最初の1ヶ月間インドのカレーが食えなかった。米の種類の違いと独特の香辛料のせいだろうと思う。ところが今は何ともなく美味しく食えるのは何故なのだろう。10年前に苦労して馴染んだ記憶が身体に染み付いているのだろうか。何はともあれ、腹を満たしてリザベーションセンターに行くと閉まっている。今日は日曜日だった。翌日以降にしてホテルに戻る。

翌日は遅くまで寝ていて、目を覚ましたのが10時頃。なんとなく急ぐ気になれず、この日はただ近所をぶらぶらして1日過ごす。翌々日列車を予約した。Rs390、ニュージャルパイグリを15日の18:25発、ヴァラナシ着は翌日の朝10時予定の、エアコンなし、三段シートの寝台車だ。私の希望はエアコン付き、二段シートだったのだけれど、いい席は早く埋まってしまうらしい。暑いわけではない。この時期平地でも夜は寒いのだが、高い席の方が人が少ないのだ。前者と後者では4倍値段が違う。金を払ってでも私は静かに過ごしたかったのだけど、またあの喧騒と混沌の中で一夜を明かすことになりそうだ。

1月15日、チェックアウトが12:00なので「17:30まで部屋を使わせてもらいたい」と伝えて値段をきくと「Rs900」だと言う。一泊分と同じじゃないか。こっちは5時間半だけ延長して使いたいだけで、空部屋はいっぱいあるんだからいくら何でも高すぎる。「Rs400だ」と言うと、冗談じゃない、と言った感じで大きく首を横に振る。「考えとくよ」と言って朝飯を食いに外に出た。Rs900も払う気は毛頭ないが、駅前は人で溢れていて座る場所もない。『リクシャーにでも乗って近くを見て回り時間を潰そうか』と考えながら戻ると、「ねぇ、旦那、500じゃどうです。それでお願いしますよ」とニコニコ顔で言う。やはりインドだ。納得して払った。あと、ここはWi-Fiが繋がらないと文句を言うと、その時だけは繋がるようになる。これもまたインドらしい。

17:30、ホテルを出て駅に行ったけど、どこのホームからどの列車に乗ったらいいのか、がさっぱり解らない。チケットには列車番号、車両番号、シート番号が記載されているけど、ホームの番号はない。電光掲示板はあるけど、目当ての列車番号の表示はない。列車到着の15分前になってしまった。誰かに聞こうと思ってキョロキョロしていると、白い髭の大きなおじさんが、どうかしたのか、といった顔つきで近づいて来る。チケットを見せると、付いて来い、と顎をしゃくって私の荷物を肩に担ぐ。普段なら警戒するところだが、この際何でも構わない。付いて行った。おじさんはこの駅ではちょっとした顔らしい。エレベーターの乗り降りの指図もすれば、お婆さんの手を引いて案内もする。「そこを退け」と言うと、みんな大人しく席を譲ってくれる。信用して良さそうだ。列車が到着する。列車番号を確認するとその列車だ。おじさんは人をかき分け列車に乗り込み、手早く席を探し、前の駅から座り込んでいた客を退かしてその荷物も移動させ、私の荷物の置き場所も確保してくれた。手を出すので、Rs200渡すとニッコリ笑って降りて行く。気持ちが良い。

さて、問題の寝台車だ。まだ就寝時間ではないので片側三段の寝台の中段の1つを倒して向かい合わせの6人掛けシートに男9人が座っている。一番上の寝台にはすでに男2人が寝ていた。一体この9人はどこにどう寝るのだろうかと思っていると、1人が上の寝台に移動した。残り8人で4つの寝台。私の席は窓側の下の寝台で一番いい席だ。時間になって真ん中の寝台を作ると3つの寝台に男6人が窮屈に寝る。さて、問題はあと1人。もちろん私の寝台は私1人で予約してあるので「ここは私の席だよ」と言うけど、その1人はチョット目を合わせただけで、俯いてシートの端に座ったままだ。よく見ると、まだ14 , 5 才の若い子で、たぶん無賃乗車だろう。放っておくことにした。でも足を伸ばせないのは窮屈だ。そのうち眠ってしまうと、知らない内に足が伸びている。下を見るとその子が床に新聞紙に包まって寝ていた。夜は寒い。

翌日の11:30、列車は1時間半遅れでヴァラナシの駅に着いた。

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