奥の細道を求めて

仏を求める旅

冬支度 、ラダックの思い出

日本への定期便が再開したら、一度日本に帰ろうと思っているのだけど、いつになるかわからない。この冬はここダラムサラで越すことになりそうだ。

インドとは言っても、ここはヒマラヤに近い山の中なので、とにかく寒い。少し前、近くの山に雪が降り、その冷気がここまで押し寄せて来ている。冬至を過ぎたらその寒さはいよいよ本格的になるらしい。というわけで、防寒着を買い込んでしまった。



日本に比べればどれもみんな安い。マフラーは300円くらいから、ヤクの毛の帽子は600円、上着でもせいぜい4,000円くらいで買える。町なかの大きな洋服店よりも、少し外れた小さな店の方に良いものが多いようだ。でも最近この近くでコロナの集団感染が発生してしまったらしく、今は多くの店が閉じてしまっている。



10年前、インドに初めて来た時に3月のラダック地方(現在そこはインドだけど、イギリスによって国境線が確定する前の昔から、チベット人が多く住んでいた)に行ったことがある。(とても美しいところなのだけど、10年前はスマホも持っていなかったので、残念ながら写真は撮っていない)ラダックはそれこそヒマラヤの山の中なので、その寒さはダラムサラとは比較にならない。良質なダウンジャケットと寝袋、毛糸の帽子と手袋がないと温暖な地方で育った日本人には生きていけない場所だ。既に暑くなっていたデリーから飛行機で飛んだので(陸路はまだ雪で閉鎖されていた)、私は夏服とブッダガヤーで買ったショールしか持っていなかった。30人乗りくらいの小さなプロペラ機に観光客は私一人きりで、他の乗客はみんな都会に買出しに出た、大きな荷物を抱えた地元の男たちだった。通路にまで荷物が溢れ、歩いてトイレに行くこともできない。冬の間はラダックの飛行場も閉鎖されているので、機内は閉じ込められていた空間からやっと解放された喜びで満ちていた。

雪の積もっている田舎の、かなりくたびれた、もちろん暖房設備は何も無い飛行場に降り立つと、相客たちはみんな急いで、迎えに来ていた車に乗り込んで帰って行く。私一人が外で寒さに震えながら身を硬くしてタクシーを待っていた。たぶん10分くらいだったと思うけど、その時の私には1時間くらいに感じられた。

ラダックの中心はレーという、その辺りではかなり大きい町だ。飛行場からタクシーで20分くらいだったと思う。町なかの道は細いので車は入れない。その入り口でタクシーを降り、急いで、走って、洋服屋を探そうとしたのだけれど、ここは標高が高いので空気が薄い。5分歩いただけで3分休まないと息が続かない。でも急な坂道を息を切らしながら登ったおかげで、ようやく体が熱くなってきた。

町の中心に着くと、幸い、洋服屋がすぐに見つかった。ダウンジャケットも多くある。そこで厚手のシャツとダウンジャケットを買って、その場で着込んでから、安ホテルを探した。その時の私は既にインドの田舎町を多く回っていたので、比較的簡単に見つけることができた。中国系の人が経営しているゲストハウスだ。室内を見せてもらったら、なかなか良い。インドの田舎町にはとんでない安宿が多くあるけど、そこに比べればこのゲストハウスは合格だ。とは言え、やはり安いので暖房器具は何もない。お湯も出ない。ベッドには重そうな掛け布団が3枚も乗っているので、これでは重くて寝返りも打てないし、丈が短くて体を伸ばすと足がはみ出してしまう。とはいえとにかく安いので宿はここに決め、レーの町を歩いてみた。

ラダックはシルクロードの昔から続く古い町だ。旅する商人たちがここで休み、交易をしていた。なのでここはヒマラヤ山中の一つの王国になっていたらしい。もしかしたら三蔵法師もここに立ち寄ったかもしれない。一番高い山の上に、今では廃墟になってしまった王宮があったので、登ってみた。煉瓦と土で造られている。観光シーズン前なので入場料を取る人もいない。しかも入り口は開いていた。シーズンに向けて大工さんたちが補修工事をしていたのだ。入ってもいいか、と身振りで伝えると、入り口を修理していた人たちは、構わずどんどん行け、みたいに言ってくれた。王宮の中は広い。中心に礼拝堂があり、壁に大きなタンカが描かれていて、職人さん達の多くがその壁画の修復をしていた。「私が入っても、いいのでしょうか」とまた確認すると、こんな時期に観光客が来ることは珍しいのか、みんながコッチを見て、「チットも構わない」と、たぶん言ってくれた。

なので私はこの王宮の隅々まで自由に歩くことができた。シーズン中だったら立入禁止になっている場所も多くあっただろう。

とにかくメチャクチャ面白い。多くの部屋が細い廊下で繋がれ、奥まった場所では昼でも真っ暗で何も見えない。当時のお姫様はこんな部屋の一つで、結婚するまで、ずっと生活していたのだろうかと考えると、なんとも言えないような、淫靡で、官能的で、猥褻な気分になってしまう。廊下の壁を手探りで進んで行くと、フッと壁が消えてしまうところがある。廊下はいくつにも分岐しているのだ。当てずっぽうに歩いていると、やっと遠くに光が見えた。城の外壁の通路に出たのだ。壁に小さな四角い穴が開いている。寒さ対策なのか、あるいは外敵を攻撃するためなのか、それはわからない。外壁に沿って歩いていると、壁に張り出したトイレがあった。興味本位に入ってみると、崖の上の床に穴が開いているだけだ。穴を覗くと、少なくても100mはあるだろう。高所恐怖症の人はここで用を足すことはできないかもしれない。

職人さん達にお礼を言って王宮を出た。町まで降りて商店街で寝袋を探すとすぐに、ノースフェイスの寝袋を売っている店が見つかった。一般にインドではブランド品はすべて偽物だけど、ここのノースフェイスは本物だった。本物の高級なダウンだ。中国との国境紛争が続いていたので、ラダックは長い間、外国人には立入禁止の秘境と呼ばれていた。それが近年やっと落ち着いたので、外国人もようやく行くことができるようになり、ここは一躍人気の観光スポットになった。そんな外国人が置いていったものなのだろう。中古品なので安く買うことができた。宿に帰って重い布団を一枚はがし、首の奥まで寝袋にくるまって、やっと暖まることができた。


私は寒さが苦手なので、このダラムサラで冬を越すのもツライだろうと思う。

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