奥の細道を求めて

仏を求める旅

私的理解による仏教思想の流れ


仏教の始まりは2500年前にインドのルンビニー(現在の政治区分ではネパール)でお釈迦様が生まれ、35歳で覚りを開き80歳で亡くなるまでの45年間にガンジス河沿いの北インド各地で説いた教えを基にしている。お釈迦様は自身の言行を記録してないけど、説法に常に随行していたアーナンダ(お釈迦様と仲の良い若い従兄弟)が仏滅後に弟子達が教えを確認するための集会で、その頃の記憶を元にして語った内容が当時の口語であるパーリ語で記録されている。それらのお経は後にパーリ語のまま東南アジア諸国に広まった。現在の上座部仏教はこれらのお経に基づいている。その内容はお釈迦様が初転法輪(初めての説法)で説いた四聖諦(四つの真理)を基本にして成立していて、私の理解によれば四聖諦は縁起の原型なので上座部仏教は仏教の基本理念である縁起と空のうち縁起に重点を置いている。上座部仏教の特徴は人無我(この場合の無我はアートマン、自性、自己の存続の根拠、不変のアイデンティティの否定)は認めるけど法(この場合は存在の意味)無我は認めない、というところにある。この当時の仏教に対立していたバラモン教の主な反論は、真理判定の基準はそこにその物が実際に有るか無いかに依存しているのだから、実在を否定してしまったら真理の判定基準が失われてしまう、というものだった。なので上座部仏教はこの反論を受け入れて法無我は認めていない。

しかし仏教の教えがインド全土に広まったアショカ王の時代(紀元前2世紀頃、記録によれば仏滅後100年くらい経っている)に仏教(おそらく原始仏教と呼ばれている形態だろう)はインドで隆盛を極めた。その後正確な年代は記録がないので解らないけど、インドではより哲学的に洗練されたアビダルマ論書に基づいて部派仏教が成立し、その後南インドにナーガールジュナ(龍樹)という人が生まれた。彼は当時の部派仏教の教義に反論するために『中論(446編の偈あるいは詩だけで構成されてるので難解極まりない)』という本で、真理の判定基準は存在の有無ではなく論理の整合性にある(不確実な現実よりも厳密な論証の整合性を真理の判定基準とするという考え方で、これは科学の考え方とも共通している)と、そこにあるそのものは仮初めの存在で有って決してそれ自身で成立している実在ではない、という「空(無我)」の思想を主張した。なので中観派は空に重点を置いている。そしてここから大乗仏教の流れが始まる。


この頃には口語のパーリ語ではなく文語のサンスクリット語が使われるようになっていたから、大乗仏教ではお釈迦が説いたとして新しいサンスクリット語のお経も多く作られた。なので部派仏教の大乗仏教に対する批判は主に、それはお釈迦様が語った本当の言葉ではない、というものだ。その批判も解らなくはない。でもこの問題は難しいから一先ず置いといて、ナーガールジュナの思想(中観思想)はその後インドで数百年受け継がれたけれど『中論』はあまりに難解なのでそこにさまざまな解釈が生まれた。そんな中、七世紀頃にチャンドラキールティ(月称)が『中論』の註釈(解説書)である『プラサンナパダー(明らかな言葉)』という本を書いてナーガールジュナの中論を解り易く(?)明解に説明した。なので現在の大乗仏教はナーガールジュナの中観思想をこのチャンドラキールティの解釈に沿って理解している。

でも中観思想は哲学的に難解なので中国や日本では一般に受け入れられずやがて衰退して行く。それが今だ健在なのがチベット仏教だ。インドでは失われてしまった論書の多くが翻訳されて残っている。私がダラムサラに来たのもそれが目的だ。チャンドラキールティは後に『入中論』を著して『中論』の思想を自分の考えに沿って述べたけど、この本もそれらの中の一冊だ。しかもチベット仏教では初学者がまず読まなくてはいけない基本論書の一つとされている。私が日本で最初にこの本を読んだ時にはその題名から『中論』の入門書だろうと思っていたけど、実はまったく入門書ではなかったのでのでサッパリ解らなかった。

今読みなおしてみると、チャンドラキールティがこの本を書いた頃は他の仏教学派(例えば説一切有部、経量部、唯識派など)が多く成立していたのでそれらへの反論が主な内容になっている。なのでこの書物を理解するためには他学派の主張も参照しておく必要がある。とても難しい。授業では偉いお坊さんが偈を読みながら解説し、それを英訳してくれる翻訳者が付いている。内容が難しいので挫折してしまう人も多いんじゃないかと思っていたけど皆んな熱心に聴いていて、中には授業の度に毎回質問する人も居る。おそらく先生の説明が解りやすいからだろう。とは言って私の今の語学力では先生のチベット語も翻訳者の英語も完全に聴き取ることはできない。努力するしかないだろう。


実は最近のニュースで、失われてしまったはずの『入中論』サンスクリット原書がチベットのポタラ宮で発見されたらしい。今は学者がそれを校訂しているそうだ。一刻も早く校訂が済んで出版されて欲しい。

×

非ログインユーザーとして返信する