奥の細道を求めて

仏を求める旅

ダライ・ラマ法王14世とチベットの現代史について


私は今インドのダラムサラというところにいて、ここには亡命チベット政府とダライ・ラマ14世の公邸もある。あまり大きくはないお寺に併設されていて、これがノーベル賞を受賞された法王さまのご自宅なのかと思うような、これもまたあまり大きくはない家だ。でもさすがに、門の前にはマシンガンを肩に下げたインド人の軍人が警護している。そういえば、10年前インドに初めて来た時に有名な祇園精舎の遺跡に行ったのだけど、祇園精舎はとても広大なのにお釈迦さまのお住まいと言われいるところはとても小さかった。訪問者と謁見する部屋の広さは二畳くらいで、その奥に一畳くらいの寝室があるだけだ。弟子たちの宿坊と何も変わらない。お釈迦さまはご自身と弟子の区別をしなかった。


セブン・イヤーズ・イン・チベットという映画で14世ダライ・ラマ法王をご存知の方も多いと思うけど、法王さまの実人生を歴史的に振り返って見てみたい。

チベットでは法王は世襲ではなく、新しくそれを受け継ぐ人を見つけて、その人に将来を託す、という方法をとってきた。チベットに限らず、宗教家は結婚をしないのでそれは当然だけど、チベットは輪廻転生を信じているので、前法王さまがお隠れになってから49日目に生まれた男の子を探してその子に法王になってもらう、という方法を採ってきた。

たぶん3歳頃になった時、その子をお母さんから引き取って、ポタラ宮殿で優秀なお坊さん達が英才教育をする。14世ダライ・ラマ法王もそのようにして教育された。

チベットはヒマラヤの山の中の国なので、そんな高地では馬が走れないから、海に囲まれた日本と同じように、それまで一度も外国に侵略された事がなかった。チベットはインドと中国に国境を接しているけど、インド・チベット・中国はみんな仏教国だったので古い時代から両国とは友好関係を築いていた。でも近代になり、インドが独立してイギリス軍がインドから撤退し、中国に革命が起きて社会主義国家になってしまうと状況が変わってしまった。社会主義国は宗教を認めないので中国は仏教国ではなくなってしまう。

毛沢東の時(その頃、毛沢東は政策の失敗で中国国内で数万人の餓死者を出してしまっていた。おそらくその失敗を挽回するためだろう)、ダライ・ラマ法王14世が二十歳の頃、今から65年くらい前、もう馬は使わなくてもいいのだから中国はチベットに侵攻する。銃と戦車で武力を持たないチベットに攻め込み、抵抗するお坊さん達をみんな殺してしまった。そしてポタラ宮殿の前には避難民が溢れる(その時の写真も残っている、おそらく西洋のジャーナリストがニュースを聞いて撮ったのだろう)。二十歳の法王さまにはそんな状況はとても信じられない。友好国だった仏教国の中国がチベット人の僧侶を殺すなんて。それは必ず何かの間違いに違いない、と思って(その時のチベットの法王は政治の実権も持っていたので)中国に行き、毛沢東と面会した(この時の写真もある。こっちはおそらく中国の写真家がその面会の有効性を証明するために撮ったのだろう。初めて会った二人が笑顔で握手している皮肉な写真だ)。でもまだ二十歳の政治的駆け引きを何も知らない若い法王さまと、すでに老獪な政治家である毛沢東とでは勝負にならない。毛沢東はそれを見越していただろう。法王さまが中国に着いた時、すでに契約書は作られていた。チベットは中国の一部である、という誓約書だ。

それにサインしなければ、もっと多くのチベット人が殺されてしまう。その時の法王さまのおこころはどんなだっただろうか。想像するにもあまりある。法王さまは仕方なくその誓約書にサインした。そして今でも中国はその時の誓約書が有効だと主張している。同意の上ではなく、強制的に署名させられた誓約書が有効なわけがないのに。

それから5年後、中国軍が実質的には統治しているポタラで、軍が主催するパーティーに法王を招いた。チベット人のこころを掌握している法王さまが邪魔になったのだろう。招く条件として、法王が側近を連れず一人で来てください、という招待状を出した。これは明らかに法王さまを幽閉しようとする計略だ。25歳の法王さまは行く、と言ったけど、側近たちが全員で反対した。今チベットのこころの支えである法王さまが捕らえられてしまえば、チベットは本当に瓦解してしまう。

そしてその夜、パーティーが開かれている頃、法王さまは身をやつして側近たちと共にインドに亡命した。深夜ヒマラヤの雪の峠を越える時、法王さまは全世界に向けて電報を打った。「今、チベットは中国に侵略されてしまいました。世界のみなさん、どうかチベットに味方してください」と。でも当時も今でも、チベットに味方してくれる国はなかった(そしてこれは、お釈迦さまがご存命の時にシャカ国が滅ぼされてしまった悲劇とも重なる)。

怒った中国政府は法王の引き渡しをインドに求めたけど、当時独立して間もなく、まだ国力も軍事力もない貧しいインドはそれを撥ねつけた。インドはヒンドゥー教国だけど、仏教はヒンドゥー教の一部だと受け入れているので、無宗教の中国の要求をキッパリ拒否した。インドは偉大な宗教国だと思う。日本とは大きな違いだ。日本大使館は亡命した人も、いともあっさり中国の警察に引き渡してしまう。日本は友だちさえ助けられない国だ。私は独立国であるはずの日本にも実質的な自治権はないと思う。日本大使館の頼りなさは、今コロナの渦中にあるインドにいる私も肌で感じている。

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