酒と詩
酒と詩の親和性はよく言われることで、例えば李白は杜甫に「李白 酒一斗 詩百首」と言われたし、西行は自分でも「酒なくて何の己が桜かな」と詠んでいる。そして私もこのブログを素面で書くことはない。これはどうしてだろう。それは酒が日常言語という常識/思い込みという牢獄から解放してくれる手助けになってくれるからである。日本仏教でも酒は隠語で般若湯と呼ばれているけど、それは酒が戒律に捉われることなく覚りへの手助けになってくれる、という意味なのだろう。酒の類語としてソーマ酒がある。バラモン教でソーマ酒への讃歌はヴェーダの中の大きな部分を占めていて、現在でもマリファナはインドの文化なのだから公認されるべきだと主張するインド人も多い(ちなみに仏教学者は、ソーマ酒というのは幻覚を見せるような薬物の一種だったのだろうと推測している)。酒はバラモン教でも仏教でも戒律で禁止されているけどマリファナに対する禁止事項はない。以前観たインド映画の中で母と娘が寺の喫茶室で「厳しいお父さんには内緒ね」と言いながら一緒にマリファナを吸っているシーンを観たことがある。そのくらい、インドではどこでもマリファナが簡単に手に入る。さすがに法王様がいらっしゃるダラムサラでは探さないと見つからないけど、デリーでは道を歩いているだけでインド人が何人も日本語で「ハッパあるよ」と話しかけてくる。私は一度だけ買って5回くらい吸ったけど、最初はカーテンの襞の上で踊っている妖精たちが見えた。酔い方は酒とは違うけど、インド人がマリファナはインドの文化だ、と言うのも分かる。
余談だけど、自由律俳句で有名な尾崎放哉

は酒で人生を棒に振ってしまった。帝国大学法学部を首席で卒業した放哉は大蔵省に入省したのだけど欠点は酒癖が悪かったことで、最初の忘年会で上司を殴り倒して退職してしまった。その後日本中を渡り歩いて淡路島にたどり着き、島の寺で寺男として働いた。金がないので会う人ごとに金をせびっては酒を飲むようなその日を暮らし、金にもならない自由律俳句を書いていたような、一般人から見たらクズのような人間だ。代表作は
咳をしても一人
いれものがない両手でうける
考えごとをしている田螺が歩いている
爪切ったゆびが十本ある
などの身に添った良句が多い。官僚だったらこのような句は作れなかっただろう。私は放哉忌に淡路島に行ったことがある。寺や墓に詣でることもできて嬉しかった。でも放哉の研究書を読むと、放哉とは友達になれなかっただろう。放哉の性格はゴッホと似て特殊すぎる。頭は良かったけど性格はどうしようもなく酷かった。その悲劇は、放哉が飛び抜けた才能を生まれながらに与えられていて、一人だけで完結してしまっていたからではないだろうか。