奥の細道を求めて

仏を求める旅

時間と言葉 (直子さんのブログ記事から)

直子さんはインドのダラムサラでチベット仏教を勉強している方で、その成果をご自身のブログ(https://www.dechen.jp/)で公開している。直子さんは私がダラムサラでチベット語を教えてもらっている先生でもあるので、まずはそのブログ記事を紹介しよう。



『時間』

(時間は)過去、古代インドでも複数の宗教で実在すると言われていたし、現在我々が普通に時間を感じていても、ただ感じられるままに存在すると思っているので、実在として感じているとも言える。実際のところ、我々は現在しか経験することができないのだが、昨日もあるし、明日もあると思っている。

昔のインドのある学派では、時はものごとが結果を生み出す条件であるとして、実在を謳った。実在する・しないは別として、結果を生み出す条件であることには一理あると思う。すべての条件が整っていても、時が進まなければ結果に変化しないからだ。

昔のインドの部派仏教、大まかに言って毘婆沙部の人々も、時は実在すると言っている。過去・現在・未来はそれぞれに、時制をはかる主体と結びついて存在する。しかも過去にも過去・現在・未来、現在にも過去・現在・未来、未来にも過去・現在・未来と、細かく分けると九種の時間があるという。

芽を例にすると、芽が形として現れる以前の「芽が生じる時」には、まだ芽が現れておらず、芽は未来に当たる。芽が形として現れて留まっている時には、芽は現在である。芽がさらに伸びて草木になった、芽が滅した時は、芽が過去になる。いずれにせよ、直線的に進むのみの時間の概念を礎にして、時間を考えている。

この時間の概念を基にすると、仏陀の全知について理解することが大変に難しい。仏様はすべてのものごとを直接に知っている。過去のものごとも、未来のものごとも、全てを一瞬毎に直接悟っていると言う時、この過去のものごとと未来のものごとと、もちろん現在のものごとを如何にして一時に知ることができるのか?ということが、学僧達にとっては結構な謎なのである。

もしある瞬間に全ての時間が何処かに実在しているならば、それらすべてを知る全知の存在もあり得ると考えたのだろうか? (以下、略)



では、この問題に対して最初に、時間のあり方に対するニ通りの考え方を見てみたい。時間とは、一つには数学に代表されるような時計で計れる計量的時間、もう一つは文学(失われた時を求めて)に代表されるような、生きられる躍動的時間(フランスの哲学者ベルグソンはこれをエラン・ヴィタールと呼んだ)に分けて考えなくてはいけない。


まずは数学的時間から考察しよう。数学的な時間を測るためには、時間の最小単位が存在しているということが前提じゃないだろうか。何故なら、もし時間が 0 であるなら 0 で距離を割ることはできないので、「速度」という数学の基本概念が成立しなくなってしまう、という不都合が生じてしまうからだ。

でも物理学においてアインシュタインという天才が現れてから、はたして時間の最小単位は実在するのか、という難問が成立してしまった。「特殊相対性理論」において、時間とは固定的な単位ではなく「速度」との関係性と空間との相互依存関係によってしか成立しない可変的な単位である、ということが物理学的に検証されたのだ。

そして現代の量子力学でも、存在や時間の最小単位は実在するのか、という難問は議論され続けている。でもそんな議論は専門家に任せておくことにして、ここでは問題を単純化するために、とりあえず数学的時間は時計で測れるような固定的な単位である、と考えておく。


次に文学的時間だ。文学では、時間は数学のように一定方向に進むとは限らない。過去に戻ってしまうこともあるし、いきなり未来に飛んでしまうこともある。BACK to the FUTURE みたいにね。映画でなくても、実体験でも時間は一定の単位では進まない。あなたも小学生の頃、夏休みは永遠に続く、と思ってはいなかっただろうか。大人になるにつれ、それは幻想でしかなかったことに気づくのだけど、子供の頃はそう思い込んでいた。ドラえもんのドコデモドアやタイムマシンは実在するだろうとね。

要するに文学では、時間は常に一定に進む、とは限らないし伸び縮みもする。少なくても文学では時間を自由に扱うことができる。


時間に関する考え方の2つの主流はそう解釈することにしておいて、では仏教では時間はどのように考えられているだろうか。これはほぼ、「刹那滅」という考え方で説かれていると言っていいと思う。刹那滅は映画フィルムとの類似性で解説されることが多い。個々のフィルム画像は別だけど、それが速く連続することで実在していると錯覚してしまう、というものだ。仏教は実在を認めないのでこの説明は理に適っている。でもそうだとしたら、一瞬前の自分と現在の自分が同じだ、というデカルトに始まる、近代西洋の一神教をモデルにした自己同一性の問題は解消されくなってしまう。


余談ではあるけれど、デカルトについて少し語りたい。

デカルトが『方法序説』を書いた理由は古代ギリシャの哲学者ピュロンに対する反論だった。ウィキペディアから引用しよう。

「ピュロンは紀元前360年頃 - 紀元前270年頃の古代ギリシャ、エリス出身の哲学者であり、古代の最初の懐疑論者として知られて」いた。

お釈迦さまの活躍したのが紀元前500年頃と言われているので、それよりは200年くらい後の人になる。おもしろいのは、ピュロンがアレクサンドロス大王の東征に随行してペルシャやインドにも行ったらしい、という点だ。おそらくそれ以前からギリシャとインドは交流があっただろう。そうでなければギリシャからインドまで遠征することはできないし、古代ギリシャ哲学とインド哲学の類似性もその頃の交流によるものだろう。そしてピュロンがインドに行ったタイミングが良かった。紀元前300年頃はアショーカ王が統治していた時代で、仏教が大きく花開いた時期と重なる。具体的には(仏教学者の研究によれば)初期(原始)仏教から部派仏教への移行期にあたり、活発な議論が盛んに展開されていた時代だった。そのせいか、ギリシャに帰ってからのピュロンの主張は仏教ととても良く似ている。少し長いけど再びウィキペディアから引用しよう。

「ピュロンの思想は不可知論'Acatalepsy'という一言で言い表すことができる。不可知論とは、事物の本性を知ることができない、という主張である。あらゆる言明に対して、同じ理由付けをもってその逆を主張することができる。そのように考えるならば、知性的に一時停止しなければならない、あるいはティモンの言を借りれば、いかなる断定も異なった断定に比べてより良い、ということはない、と言えるだろう。そしてこの結論は、生全体に対してあてはまる。それゆえピュロンは次のように結論付ける。すなわち、何事も知ることはできない、それゆえ唯一適当である態度は、苦悩からの解放である、と。

ピュロンはまた、知者は次のように自問しなければならないと言う。第一は、どのような事物が、どのように構成されているのか。次に、どのように我々は事物と関係しているのか。最後に、どのように我々は事物と関係するべきか。ピュロンによれば、事物そのものを知覚することは不可能であって、事物は不可測であり、不確定であり、あれがこれより大きかったり、あれがこれと同一だったりすることはない、とされる。それゆえ、我々の感覚は真実も伝えず、嘘もつかない。それゆえ、我々はなにも知ることがない。我々は、事物が我々にどのように現れてくるか、ということを知るだけなのであり、事物の本性がいかなるものか、ということについては知ることがない」

これはつまり、絶対的な真理などというものは実在しない、という主張であり私が理解する仏教の教え(仏教者の中には反対する人もいるけど)と同じだ。

そしてこのピュロンの主張に反論したのが17世紀フランス一神教のキリスト教を信奉する、数学者でもあり哲学者でもあるデカルトだった。当時の西洋ではピュロンの教えは既に失われていたのだけど、ピュロンの弟子の書いた本が発見され、これが西洋にはなかった新しい考え方として流行っていたらしい。

デカルトはそれへの反論として、もしピュロンの言う通りであるなら世界の根源であるキリスト教の神の唯一絶対性が保証されなくなってしまう、と主張した。これは仏教の考え方とは反する。でもデカルトが天才なのは、ピュロンを否定するためにピュロンの主張を方法論として採用したところにある。それが「方法論的懐疑」と呼ばれるもので、デカルトの主著の題名が『方法序説』と名付けられた由縁でもある。デカルトもピュロンに反論することは難しいと感じただろう。なのでピュロンの主張を方法論として認めながらも、それを乗り越えようとして、方法のための序説、という題名にしたのだ。

余談が長くなってしまったので本論に戻ろう。


「刹那滅論」では自己同一性の問題を解決できないので、仏教はこの矛盾を解消しようとして心相続という概念を導入した。生き物が生きているのはその心が連続しているからだ、とする。心は実在するものではないので、個々のフィルム画像とは矛盾なく両立できる、と考える。

私もこの考え方は合理的だと思う。でも、それだと心が神だ、ということになってしまうのではないだろうか。合理的だけど、私には何となく納得がいかない。そしてここから以下に述べるのが、直子さんのブログ記事に対する私の回答の試みだ。


一般に時間は数学的な時計で測れると考えられているが、それだけでは不十分で、文学の、人が今生きている時間、という概念も含めないといけない。

そのために、ではまず、お釈迦さまの「一切智者性」とはどのようなことなのか、を考えよう。法身としてのお釈迦さまは一切の時間空間に遍在していらっしゃるのですべてを知っている、という考え方もある。でも法身としてのお釈迦さまが本来の姿だ、と考えてしまうと、報身・応身という概念を否定してしまうことになり、ヒンドゥー教のブラフマンとお釈迦さまは同じになってしまうだろう。私にとってお釈迦さまは法身ではなく、あくまでもそこに生きている人でなければならないのだ。

だとすれば、お釈迦さまの一切智者性とはどのようなことなのだろうか。結論から先に言ってしまえば、それはお釈迦さまのお言葉である、と私は思う。とは言え、お釈迦さまのお言葉が実際にどうであったか、を確証することはできない。

テーラワーダ仏教が大乗仏教を批判する際に強調するのがこの点で、大乗経典が成立したのは仏滅後500年経ってからなので、そこにはお釈迦さまの本当のお言葉は存在しない、と批判する。その根拠は、テーラワーダに伝えられている古いパーリ語経典にはお釈迦さまのお言葉がそのままに残っている、と言う主張だ。

この主張は、日本の仏教学者もある程度は認めている。でも、パーリ語経典に残されている言葉もお釈迦のその時そのままのお言葉である筈はない。アーナンダが聴いたお釈迦さまのお言葉はその場で筆記したものではなく、あくまでも記憶に頼ったものでしかないからだ。そしてこの頃、本当に大事なことは記録するものではなく師から弟子へ直接口伝によって伝えられなければいけない、という考え方が一般的だった。機械的な記録に頼るのではなく師の印象を心に刻むことが最も重要である、と言われていた。私もこの考え方に賛成で、この点はチベット仏教でも中国禅仏教でも同じだ。そして師は一人だけとは限らない。多くの師に学ぶべきであり、師もそれを許すだけの器量が無ければ勤まらない。お釈迦さまも旅をしながら多くの師に直接学ばれた。なので私たちが今仏教を学ぶ場合にも多くの師を求めて良い筈だ。大乗仏教では、仏はお釈迦さまお一人だけではなく何人もいらっしゃる、と考えている。

それに対してテーラワーダ仏教では仏(目覚めた人)はお釈迦さまお一人だけだと考えられているらしい。これはお釈迦さまに最大の尊敬を捧げているからなのだけど、でもそうすると教えは固定化してしまう危険がある。議論を重ねなくてはいけない。その相手がたとえお釈迦さまであったとしてもだ。そしてそれがお釈迦さまの本意であったと私は思う。デーヴァダッタは仏教では極悪人として伝えられているけど、それは原始仏教の中道(苦行を否定する立場)から、それでは生温い(お釈迦さまだって6年間の苦行をしたのだから)として苦行へ回帰しようというという立場の表明だったのではないだろうか。そしてこの対立を止揚したのが700年後のナーガールジュナの中道(実在論と虚無論の否定としての中道)だった、と私は解釈している。なぜなら空は苦行なしに悟ることは難しいし、空だけでは縁起としての世界を体験することはできないからだ。

仏さまは何人いらしてもいい。例えばナーガールジュナ(龍樹)、チャンドラキールティ(月称)、バーヴァヴィヴェーカ(清弁)、アサンガ(無着)、ツォンカパ、道元、鈴木大拙も私は仏さまであると思っている。仏さまはお釈迦さまお一人ではないのだ。もしテーラワーダのように仏さまはお釈迦さまお一人だと言ってしまったら、お釈迦さまはヒンドゥー教の言うアートマンと同じになってしまうだろう。そうではない。私たちは多くの仏さま方から、すべての事象が縁起という理法で成立している、ということを学ばなければならないのだ。


ではお釈迦さまのお言葉の本質とは何だろう。私はお釈迦さまの最期のお言葉「自灯明・法灯明を保持しなさい」ということだと思う。「私を盲信してはいけない、あなた自身で考えなさい。でもそれは世界の存続を侵すものであってはいけない」というお言葉だ。これは、お前自身の言葉で語りなさい、ということでもある。時間とは私たちと無関係に進むだけのものではない。私たちのお互いの言葉が、時の繭を紡いで行くのだ。

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